【小説】クリスマスだから黒がいい
かくれんぼのつもりで、来てよ。彼女はそうメッセージを書いていた。
外国の企業のコラボキャンペーン。六本木ヒルズにある、特別なポストからクリスマスカードを投函すると、一年後のクリスマスに届くらしい。
彼女とは、バドミントンでインターハイの準決勝で戦って、負けた。彼女はその後日本代表にもなり、わたしは高校で競技を引退して、大学でバイトしていた野球場で知り合った彼との同居をこの夏解消したばかりだった。家賃が高くて都内に住めず、神奈川の実家近くに一人暮らしをしている、保育士だ。
彼女、今何しているんだろう?ネットで検索したら、母校でコーチをしている傍ら、教育委員会のアドバイザーもしているらしい。いやー、素敵なキャリアだ。
ただ一度、彼女の涙を見たことがある。数年前に六本木の美術館に何の気なしに行ったら、なぜかベンチで彼女は一人で泣いていた。大きな紙袋を抱えて、真っ黒なコートを着て。
保育士で栄養管理もしているので、ちゃんと食べてるかな、と思うくらいの真っ白な顔だった。とはいえ気軽に話しかける関係ではなかった。
だから、わたしはそっとその場を離れ、うろ覚えで彼女の母校の連絡先を検索して、バドミントン部あてに鳩サブレーを送った。彼女に届くかわからないけど、彼女を応援しているとだけメッセージを添え、最初で最後のお歳暮だった。
そして一年前に、彼女は今年のわたしにこんなカードを送っているから未来はわからない。
時系列を整理すると、インターハイ→競技引退→美術館で見かける→彼女の母校にお歳暮→そしてカードが届いた。
かくれんぼするところは、あの美術館かな、どんな伏線回収だろう。
わたしは黒いコートは持っていなかった。ただふわふわのフェイクファーのモノクロのマフラーはつけて、高身長の彼女に負けないように厚底スニーカーでその日に行ってみた。
ガラス張りの美術館は、混んでいた。東京って、六本木って、来るのは久しぶりだったけど待ち合わせできる場所ができたのか、と思うと、少しうれしかった。
中のツリーと、カウンターの間の、あのベンチ。え、もしかして彼女ああなったの?
わたしの予想に反して、彼女は緩やかなボブパーマで、双子の男の子連れだった。
そして彼女含めて、3人ともスニーカーだった。
不思議と気後れはなくなっていた。彼女は子供たちにどう説明しているのだろう。黒子で終わったはずのわたしに。なぜかそこで振り向いた彼女の笑顔と、一言。
「あのときはありがとう」
汗をかいて試合をしていたわたしたち、次は何になれるのかな。
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